条文の書き方ひとつで大きくちがいます

 私は本業の社会保険労務士以外に、行政協力で労働基準監督署で総合労働相談員をしておりました。労働者の方、事業主の方から電話や来署で相談を受け付けます。法律を根拠として回答できるものは問題ないのですが、困るものは退職金や賞与、手当など事業主の判断で支給されるものに関しての相談です。判断の根拠は就業規則になりますので、相談者の方には就業規則をよく読んで判断するようアドバイスをします。そこで問題になるのは、就業規則にどのように書かれているかと、その会社の慣習です。

 今日では、雇用の形態がさまざまになっていますので創業当時では考えていなかった雇用形態(パート・アルバイト・契約社員など)がある会社では、賞与や退職金に関しての規程がきちんとしていない場合が考えられます。その場合は、支給対象者をはっきりさせる必要があります。なお、就業規則に支給することがはっきりしているのに支払わない場合は労働基準法第24条の賃金未払いと同様に扱われる場合があります。また、就業規則がない会社でも慣習で継続的に支払われている場合、裁判で支払を求められることがありますので事業主は就業規則を整備しておく必要があります。

 賞与に関してさらに付け加えますと、必ず支払うような条文の場合は業績が悪化していても支払う義務が生じます。例として、

  @「賞与はその者の業績に応じて毎年7月と12月に支給する。」

  A「賞与は毎年7月と12月に基本給の2ヵ月分支給する。」

 実際に相談に訪れた方が持参した就業規則を参考にしましたが、@の場合は支給額こそ明示していませんが、7月と12月にその者の業績を判断して支給することになります。Aに至っては、必ず基本給の2ヵ月分は約束すると読めてしまいます。@の条文に「ただし、業績が悪化している場合は賞与を支給しない場合がある」という一文があると業績が悪いときは支払わなくても構わなくなります。Aの条文の会社は基本給を下げて賞与でその分を支払っている会社が多いようです。一度賃金体系を見直して、新たに就業規則(特に賃金規程)を作成した方がいいと考えます。


   交通費は会社が支払わなければならない?

 事業主は従業員を雇っている以上、賃金を支払う義務があります。労働者側に問題があっても、賃金はきちんと支払わなければなりません。よくある相談は、「『会社に損害を与えたから支払わない』と言われたが、どうしたらいいのか」というものです。この場合は、賃金不払いにあたります。同様に損害額を同意なしで控除することも賃金不払いになります。事業主は、賃金を全額払った上で損害額を請求する必要があります。また、損害賠償に関してもよく相談がありますが、あらかじめ損害賠償額が決められている場合は違法ですが、実際に生じた損害を請求することは何ら問題はありません。

 以前電話で、「夫が転勤になって前よりも交通費が高くなったが、会社は上限が○万円と言って払ってくれない。どうにかならないか。」という相談を受けたことがあります。よく会社のために働いているのだから、交通費は会社が払うものと思っている方が多いのですが、これは誤りです。交通費に限らず、手当の支払は会社の自由なのです。そのため、交通費を支給しない所もあります。(ちなみに私が労働基準監督署に相談員として勤務しても、交通費は支給されません。国家公務員法で非常勤職員には支給しないことになっているようです。)このときの相談者には、「就業規則を見て、通勤手当の上限がいくらまでとなっていたら請求しても出ませんよ。会社に確認してみてください。」と回答しました。また、全額旅費として実費弁償するというところもあります。

 手当は、会社ごとにいろいろな名称をつけていますが、監督署で判断するのはどのような根拠で支払っているのかです。明確な根拠なしに支払っていると賃金の一部と解釈され、賃金不払いに当たる場合があります。例えば、職務手当を支給している場合、一定の職務についている時(例:管理職ではないが後輩の指導をしている、一定の技術を持っているなど)に支給するや時間外手当の前渡分(実際の時間外の労働時間より前渡分の方が多ければ問題なし)であれば、その職務から外れた場合や時間外労働を始めから予定していない部署に移動したときなどは、支給を取りやめても根拠がしっかりしていますから問題ありませんが、全員一律に支給していて支払い根拠のない場合は賃金不払いの可能性が出てきます。


   就業規則に定めなければ会社に出てこない従業員を解雇にできない?

 解雇された方も、よく労働基準監督署に相談にこられます。解雇の予告を行っていなかったり、解雇予告手当を支払わないで解雇された場合は、労働基準法違反で申告受理をして事実確認のうえで行政指導を行いますが、法律に則って解雇が行われた場合は、個別労働関係紛争に関する法律による都道府県労働局長の助言・指導・あっせんを行うか、地方裁判所での身分の確認の訴えを起こす以外は法的に行われる救済はありません。ただし、個別労働関係紛争に関する法律は自主解決が目的なので、法的な拘束力はありません。実際的な解決手段は裁判しかないのが実情です。また、都道府県が管轄する労働センターや労政事務所(名称は各地で異なります)でも、相談窓口を設置しています。

 経営不振や倒産で解雇が行われる場合は、事業主の都合による解雇なので労働者にとっては気の毒ですが、中には解雇は労働者の責めによる場合があります。例えば、金品を横領したり、刑事事件を起こし逮捕されたり、特別な理由もなく出勤しないなどがあります。最近事業主からの相談で多いのが、出勤しないので解雇したいというケースです。労働者本人が行方不明になったり、気分しだいで会社を休んだりと、さまざまなケースがあります。事業主の都合でむやみに解雇するわけにはいきませんから、解雇の事由を就業規則で定めておいた方がいいでしょう。前者の場合、「無断で○日以上欠勤した場合は懲戒解雇とする」というような定めを作っておくのがいいでしょう。後者の場合、いきなり解雇すると解雇権の濫用になりますから、まずは譴責のような比較的軽い懲罰から始め、注意しても直らないときは最終手段として解雇という形にもっていくのが多いです。また、退職金規程を定めている会社であれば、懲戒解雇のときの支給規程(不支給にするという条文)を整備しておく必要があります。

 就業規則がなくても解雇はできますが、合理的な理由がないと解雇できないというのが判例であります。労働基準法では、解雇予告と解雇予告手当、解雇できない者についての定めしかありません。トラブルを防ぐという観点からきちんと定めることをお勧めします。

 ただし、懲戒解雇する場合でも解雇の予告又は解雇予告手当を支給する必要があります。どうしても解雇予告手当を払わず解雇したい場合は、労働基準監督署に解雇予告除外認定を受ける必要があります。認定を受けたあとに解雇する場合は解雇予告手当を支給する必要はありません。



  参考:解雇理由が「労働者の責に帰すべき事由」として解雇予告手当除外認定が認められたケース

(行政通達 昭和23年11月11日基発第1637号、昭和31年基発第111号)

 @原則として、きわめて軽微なものを除き、事業場内における盗取、横領、傷害等刑法犯に該当する行為のあった場合、また一般的にみて「極めて軽微」な事案であっても、使用者があらかじめ不祥事件の防止について諸種の手段を講じていたことが客観的に認められ、しかもなお労働者が継続的又は断続的に盗取、横領傷害等刑法犯又はこれに類する行為を行った場合、あるいは事業場外で行われた盗取、横領、傷害等刑法犯に該当する行為であっても、それが著しく当該事業場の名誉もしくは信用を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるもの又は労使間の信頼関係を喪失せしめるものと認められる場合。

 A賭博、風紀紊乱等により職場規律を乱し、他の労働者に悪影響を及ぼす場合。また、これらの行為が事業場外で行われた場合でも、それが著しく当該事業場の名誉もしくは信用を失墜するもの、取引関係に悪影響を与えるもの又は労使間の信頼関係を喪失せしめるものと認められる場合。

 B雇入れの際の採用条件の要素となるような経歴を詐称した場合及び雇入れの際、使用者が行う調査に対し、不採用の原因となるような経歴を詐称した場合。

 C他の事業へ転職した場合。

 D原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合。

 E出勤不良又は出勤常ならず、数回にわたって注意を受けても改めない場合。

 よくあるケースとして、@では事業場内の現金の着服は認められるようですが、昼食の弁当代やコーヒー代など後で返還するつもりの少額な場合は認められないようです。また、掲示告訴の有無も判断材料のひとつになることもあるようです。事業場外で信用を失墜するものの判断は、判例では新聞報道の有無で判断しています。私が知っているものでは、覚せい剤の所持・使用で起訴された労働者の除外認定が認められたことあります。

 Dでは、会社が無断欠勤している間、どのような対応をしたかで認定するかどうか決めています。電話をした、自宅に出向いて説得した、実家に問い合わせたなど経緯を細かく記載する必要があります。また、出勤拒否の理由が会社側にある場合(社内のいじめなど)は、まず認定されません。認定されるか否かは個々のケースによって異なりますので、所轄の労働基準監督署に相談してみてください。